高島彩、不妊や流産の危機を北川悠仁の愛に支えられ乗り越えた!!
2015/01/28 SNS拡散レベル 3 31,071 views
不妊の苦労と流産2回の危機を、夫の北川悠仁が深い愛情に支えられ、今年2月17日に第一子となる長女を出産した高島彩。
高島は、結婚をしてからすぐに子作りを頑張っていたのだが、ようやく結婚2年半で待望の長女が誕生。
高島彩プロフィール
高島彩は1979年2月18日生まれの35歳。
元フジテレビアナウンサーで現在はフリー。
報道・情報・バラエティ などの番組で活躍している。
私生活では2011年10月に「ゆず」の北川悠仁と結婚し2014年2月待望の第一子(女児)が誕生した。
子供を授かってからの道のり・・・
高島には、人に言えぬ苦労をたくさんしていたのだという。
北川の母・慈敬さんは、宗教法人の教団教主。
高島が、その義母から、テレビ出演の際のスカートの短さに文句をつけられたり、子供を早く生むように無言の重圧をかけられていたのだという。
高島が出産のために選んだのは、不妊の相談や治療に力を入れていることで有名なクリニックだった。
34歳で無事妊娠がわかった後も、苦難は続いた。
妊娠6ヶ月まで公に発表がなかったのは、直前まで「つわり」が相当ひどく当時の高島は妊娠前より痩せてしまっていた。
さらに、つわりに加えて食あたりにもなってしまったのが原因で情緒不安定になってしまったのだという。
北川が支えた心のケア・・・
そして妊娠発表後には、こんな試練が待ち受けていた。
医師から切迫早産と診断をされ、絶対安静を通告されたのだ。
妊娠の継続が母体あるいは胎児にとって危険で、ある場合は、妊娠の継続を断念せざるをえないとも言われ、ママになれるのか心配そうに周囲に漏らしていたのだという。
さらに・・・
妊娠後期には何もできない自分に苛立ち、また情緒不安定に陥ったこともあったのだが、そこには高島の過去が深く関係していたのだ。
彼女は5歳の時に父を亡くしている。
その後、高島は彼女のお兄さんを育てた母の姿が理想の母親像だったのだという。
「ちゃんと赤ちゃんを育てられるのか・・・」
「私はお母さんのようなママになれるのか・・・」
と、悩んでいたのだという。
不安な中助けてくれたのは夫・北川だった
そんな不安な高島を助けてくれたのは北川だったそうだ。
北川は・・・
「無理することはない。 君は君らしくいればそれでいいんだ。」
と、言い続け、高島の心の重しが取れたのだという。
初めての妊娠の不安と、34歳での出産は他人の想像をはるかに超えるほどのたくさんの苦悩があったことだろう。
高齢出産(一般的には初産が35歳以上)になると出産も難しくなる上、ダウン症の子供が生まれる確率も高くなると言われている。
相談するにも、一般人と違いストレスが溜まりやすい環境での10ヶ月の妊娠生活では情緒不安定に陥るのもよくわかる。
しかし、夫、北川の愛に支えられ無事出産する事が出来た。
10ヶ月という妊娠時期は、母になる第一歩として精神的にも強くなるようにとお腹の子供が与えてくれる「母として初めての試練」なのだと言われている。
高島と北川は、この10ヶ月を多大なる愛情で乗り切ったのだから立派なお母さん・お父さんである。
テレビ復帰は5月ぐらいにするとのことなので、それまでゆっくり休みまた元気な笑顔でテレビに出てきてほしいものだ。
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